菊花の約(雨月物語から)

雨月物語 – Wikipedia

菊花の約」は、全体を白話小説の『古今小説』「范巨卿鷄黍死生交」から、時代背景を香川正矩陰徳太平記』によっている。登場人物の丈部左門が張劭に、赤穴宗右衛門が范巨卿に対応する。時は戦国時代、舞台は播磨国加古(今の兵庫県加古川市)である。

左門は母とふたり暮らしで清貧を好む儒学者である。ある日友人の家に行くと、行きずりの武士が病気で伏せていた。丈部は彼を看病することになった。この武士は、赤穴宗右衛門という軍学者で、佐々木氏綱のいる近江国から、故郷出雲国での主、塩冶掃部介尼子経久に討たれたことを聞いて、急ぎ帰るところだった、と、これまでの経緯を語った。しばらく日がたって、宗右衛門は快復した。この間、左門と宗右衛門は諸子百家のことなどを親しく語らい、友人の間柄となり、義兄弟のちぎりまで結んだ。五歳年上の宗右衛門が兄、左門が弟となった。宗右衛門は左門の母にも会い、その後も数日親しく過ごした。

初夏になった。宗右衛門は故郷の様子を見に、出雲へ帰ることとなった。左門には、菊の節句(重陽の節句)に再会することを約した。ここから、題名の「菊花の約」がきている。さて、季節は秋へと移っていき、とうとう約束の九月九日となった。左門は朝から宗右衛門を迎えるため掃除や料理などの準備をし、母が諌めるのも聞かず、いまかいまかと待ち受けるばかり。外の道には、旅の人が幾人も通るが、宗右衛門はまだこない。夜も更け、左門があきらめて家にはいろうとしたとき、宗右衛門が影のようにやってきたのだった。左門に迎えられた宗右衛門だったが、酒やご馳走を嫌うなど不審な様子を見せる。わけをたずねられると、自分が幽霊である、と告白するのだった。宗右衛門は、塩冶を討った経久が自分のいとこの赤穴丹治をつかって監禁させた。そしてとうとう今日までになってしまった。宗右衛門は、「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」[17]ということばを思い出して、自死し、幽霊となってここまでたどりついたのだ、と語った。そして、左門に別れをつげ、消えていった。

丈部親子は、このことを悲しみ、一夜を泣いて明かした。次の日、左門は出雲へと旅立ち、丹治に会った。左門は、公叔座の故事を例に挙げ、それに比べて丹治に信義のないのを責めた。丹治を斬り殺した左門は行方がわからなくなった。物語は「咨軽薄の人と交はりは結ぶべからずとなん」と、冒頭の一節と同意の文を繰り返して終っている。

*ラジオ深夜便•ミッドナイトトークに出演したロバート•キャンベルさんのお話を聞いて。

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